言葉の扱い

「M女願望」という言い方について

調べているうちにこの言葉に行き当たり、自分がそうなのかを考えはじめる人は多いものです。ただ、この言葉は指す範囲が広すぎて、当てはめても答えが出にくい種類の言葉です。

指している範囲が広すぎる

この言葉が使われる場面を並べると、褒められたい人から、痛みを伴う行為を望む人までが同じ言葉で呼ばれています。あいだにある差のほうが、共通点よりずっと大きい状態です。

そのため「自分はM女なのか」を考えても、判断材料が定まりません。答えが出ないのは自己理解が足りないからではなく、問いの側が大きすぎるためです。

当てはめると起きる不都合

自分にこの名前をつけると、名前のほうに引っぱられることがあります。「M女ならこれくらい平気なはず」と考えて、本当は苦手なものを受け入れてしまう、という形です。

相手に伝えるときも同じことが起きます。「M寄りかも」と言うと、相手は自分の知っているM像で受け取ります。その像が作品由来なら、想定よりかなり強いものが返ってくることがあります。

名前ではなく中身を渡すほうが、結果的に正確に伝わります。「褒められるのが好き」「任せたい」「焦らされるのが好き」——このほうが短いうえに誤解が起きません。

検索して出てくるものが偏っている

この言葉を調べると、出てくるのはほとんどが作品か、極端な体験談です。穏やかな範囲にいる人はわざわざ書き残さないので、記録として残るのは目立つものだけになります。

その結果、読めば読むほど「自分は中途半端なのではないか」と感じやすくなります。実際には偏った標本を見ているだけで、位置を測る材料としては使えません。

確かめたいのが「自分がどこにいるか」なら、他人の記録より自分の反応を見るほうが早道です。何を読んだとき、何を聞いたときに反応したかのほうが、はるかに正確な材料になります。

それでも言葉が要るとき

自分の状態に名前があると落ち着く、ということはあります。その場合は使って構いませんが、範囲を自分で狭めて使うと安全です。

「言葉に関してはM寄りかも」対象を言葉だけに限定する形。行為全般に広がりません。
「甘めのやつなら好き」強度の上限を先に示す言い方。

気持ちの背景に、満たされなさや性欲そのものの悩みがある場合は、性欲についての総合的な整理のほうが近いかもしれません。

相手のほうからその名前で呼ばれる場合もあります。「M なんだね」と言われて、否定しないままそう扱われるようになる形です。合っていれば問題ありませんが、範囲まで相手の想定で決まってしまう点には注意が要ります。

呼ばれた時点で違和感があるなら、そのときに一度だけ狭めておくと後が楽です。「言葉に関してはそうかも」「甘いやつ限定で」と付け足すだけで、相手の持っている像に引っぱられずに済みます。名前を否定する必要はありません。

よくある質問

自分がM女かどうか、どう判断すればいいですか?

この言葉は褒められたい人から痛みを望む人までを含むため、判断材料が定まりません。答えが出ないのは問いの側が大きすぎるためです。

相手に「M寄り」と伝えてもいいですか?

相手は自分の知っているM像で受け取ります。それが作品由来だと想定より強いものが返ることがあるので、「褒められるのが好き」のように中身を渡すほうが正確です。

言葉を使いたい場合は?

「言葉に関してはM寄り」のように対象を限定すると、行為全般に広がらずに済みます。

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